[2004.9月版]

>9/3
かれこれ2、3年は

先日のことらしいのですが
うちのバルーン会社で
急遽
トランペットが必要だったらしいのです。
詳細はさておき
とにかくトランペットが必要で
方々を探し回って
ようやく見つけて
けっこう無理したみたいです。

それを今日聞いて
「なんだー。私持ってるから言ってくれればよかったのに。」
とは田中談。
会社の人たちも
「そんな趣味あったの!?」
と目ん玉まるまるでした。
いや持ってますよほんとに。

実は私もその存在を
かれこれ2、3年は確実に忘れていたのですが
確か今年になって
ふとアトリエの相棒が
「そういやトランペット持っとったな。吹いとるん?」
と尋ねてきまして。
その時
まさしく走馬灯の如く甦る
トランペットと過ごしたあの日々。

当然
「吹いてるわけねーじゃねーか。存在自体忘れとったわ。」
と田中談。

今年は
そういうことも含めて
なんだか今まで私がやってきた
人生のあれこれが
一斉に芽吹きだして
私の人生にガンガン関わり始めようとしている
気配があります。
厄も福も含めて
いろんなものが
わっさわさと私の生活に入り込んできてる
気がしてます。
実は
なんだかそういうのが
わっさわっさなので
実生活がわりと大変なんですが
それと比例してなのか
コラムのネタは
もう一日ひとつじゃ増えていく一方な
昨今の日常なのです。

これが厄年かと。
今まで私が積み重ねてきたものが
一気に襲いかかってくる
この気配。
恐ろしくもあり楽しくもある
この何とも言えない気配どもがですね
私に
今までの人生を振り返らせます。
同時に
これからどうなるんじゃいと
不安と希望の入り混じった
厄年の残暑です。

なんだか
人生を振り返り
人生を展望するってことは
よしんば
生と死を考えることですね。
そんなふうに思いました。

そしてよくもまぁ
トランペットから
そこまで考えたなとは
田中談。

>9/5
ほじくると幼児

買い物が好きです。
ぷち買い物依存症です。

買い物依存症の心理とかについては
あれこれ言われてますが
ひとつ私が思うに
新しいものを買って
それを得るという行為は
今まで自分の持っていなかったモノを得る
という行為ですよね。
私の場合はCDが多いんですが
服とかビデオとかDVDとか
他にもいろんなものが
ありますが
新しいものというのは
自分の中に無いものですよね。
それを取り入れるということは
自分に
いまだかつてない経験を
お約束ってことじゃないですかね。

新しい買い物
新しい気持ち
新しい自分
みたいな。
丸井の標語みたいすね。

さて先日のことですが
すごい久しぶりに
アトリエの相棒に会いました。
先月は一度しか会いませんでした。
お互い
沖縄や岡山などに行ったり
それぞれ働いていたりして
本当に久しぶりだったのですが
彼は何も変わっていなくて
まったく久しぶりって
思いませんでした。

仲の良かった大学の友達は
会うとみんな
そんな感じなんです。
大学の友達だけでなく
高校の友達も
中学の友達も
小学の友達も
すっげー久しぶりに会っても
大して変わってません。
なぜですか?

先月地元に帰って
もう10年ぶりくらいに
小学校の時の親友に会うことができたんですが
あまりに変わっていなくて
本当に驚きました。
外見も性格も全然変わってないんです。
彼だけかと思ったら
彼だけじゃありませんでした。
小学校の時から
みんな変わってなさすぎでした。

年を重ねると言いますが
どうやら新しいものを見つけて
それを得ても
自分に重なっていくだけで
自分が更新されるわけでは
ないのではないかと
奴らを見て思いました。

そうでなければ
この現象の説明がつきません。

自分は変わっていった
ちょっと寂しいな
くらいに思っていても
実は
単に外側にいろいろくっついていくだけで
中身をほじくると
幼児のものが
すっかり残っているんでは
ないでしょうか。
新しいものは
自分を変えないのでしょうか。

そういうわけで
えーと
結論はですね
えーと
悪いこととかしたらダメよ
ってことでどうでしょうか。
悪いのも
残るから。

ね。

>9/9
風はもしや

近頃めっきりテレビを見なくなりました。
現在はほぼ
毎週日曜に録画してある大河ドラマ「新選組!」を
再生して見るディスプレイ装置と
化しています。

バルーンのバイトの時に
朝出勤前
天気予報を見るくらいですかね。
捨てようかと思うくらいです。

そんな中
いつものごとく原付で
夜勤に赴く田中でしたが
なんだかその日は
風が異様に
強い。

バルーン揚げの仕事柄
天候の変異には
敏感です。
特に風。
この風はもしや…と非常に不安でした。

で営業所に着いて
後輩に
「もしかしてさぁ…台風来てない?」
と尋ねる田中に後輩は
「何言ってんすか!めっちゃ来てますよ!」と
もしかして台風?などという
私の呆れ果てた状況判断に
辟易の様子でした。

だって知らなかったんだもん!
思いっきり洗濯物干して来ちゃったよ!

今回の台風18号で
各地で何十人もの死者行方不明者が
続出したらしいです。
私は今まで
相当危険なとこに行かない限り
台風で死ぬなんて
有りえないと思っていましたが
その見識を
修正せざるを得ない事態でした。

台風が来ていることを知らなかったら
確実にやられる!

そういう教訓を得ました。

洗濯物は四散し
隣家階下に沈降しておりました。
それでも回収できなかった
衣類も若干数確認されております。


友人から銀河英雄伝説の小説を借り
妙に軍人口調が
マイブームな
田中でした。

>9/16
おぼしきものを

部屋にあまり帰ることが無くなり
我が家は
洗濯をする
ネットにつなぐ
寝る
いらないものを置く
だけの場所になりつつあります。

そんなわけで
ほぼ大きなゴミ箱と化していた
六畳二間の空間を
なんとなく掃除してました。
実は
こないだ実家に帰ったときに
ああ!床にゴミが無いってなんて素晴らしいんだ!
と感激して帰ってきたのでした。
だから掃除してみました。
あと干して取り込んでそのまま
ミンチのようになってた
大量の洗濯物も
たたんでみました。

すっきりしました。
まだ全部は終わってませんが
格段にすっきりしました。
そして
たたまれた衣服たちの
なんと理路整然とした姿なことかと。
これをこのまま
上野の国立博物館に寄贈したい思いでいっぱいです。
この素晴らしいものたちを
血税で買って欲しいです。
そのためになら
喜んで納税します。

それと同時に
今まで考えていて
実行しそうになかった
引越しに向けて
本格的に胎動することにしてみました。

いらないとおぼしきものを
片っ端から
捨て去っていこうと思います。
いらないフギュア
いらないアメコミ
いらないポスター
いらない空き箱
いらないゴムの伸びきったトランクス。
こんなもの!こんなものー!!

楽しいです。

>9/19
きづかねーよなと

幽霊の存在とか信じますか?
などと聞かれますが。

大学の友達が
人間の感覚器で受信できない情報はたくさんあるわけで
その人間の感覚器に感知できない存在が
自分の目の前にいても
そりゃきづかねーよなと
言ってまして。
確かに
そういうものの存在は
可能性としては否定できないので
そういうのがあるってことは
とりあえず
信じておこうかなと
二人で同意し合ったという
思い出があります。
結局そういうのって
信じる信じないの問題ですから。
それを言うと
自分存在そのものも
信じる信じないなわけですが。
まぁ
興味があることは
とりあえず
ありあり!ってことにしとこうと
そういうテンションです。

そういうわけで
目に見えない
感知できない存在はそれなりに信じてるので
それを霊とするんなら
霊の存在も信じてるんでしょうね。

んで最近うちのバイト先に入ってきた子が
少し霊感あるっていうんで
そういう話してたんですよ。

で霊って何よ?っていう話になって
まぁ何なのかは
よく分からなかったんですが
結局人間なんだなっつーことを
教えていただきました。

心霊スポットとか
いわば霊の家なわけで
その家に土足で入り込んで
しっちゃかめっちゃかやってりゃそりゃ
霊さんに怒られるわと。
霊が霊感持った人に寄って来るとか
水場に集まるとかいうのもですね。
霊感持ってるっていうのは
自分のことを見てくれない人ばっかの中に
自分を見てくれてる人がいたら
そりゃそっちに興味惹かれるし
水も人間本来的に欲するものだからと。
彼はそういうことを
言ってくれました。

結局は
心霊の話をして
礼儀の話になりました。

なるほどねー。
墓参りとか仏壇とかも
大事ですねぇ。

それより
その話をし終わった
真夜中の2時に
急にえも言われず気持悪くなった私は
憑いちゃった?と
彼に本気で相談してしまいました。
憑いたんですかね?

ところで私は
おいら絵描きだ〜い!とか言って自由人を気どってるようなえせコラムニストを
成人したばっかりなのに
新しい境地で感激さす
彼の将来が
すごく楽しみであり不安です。

>9/20
鳥居をくぐる

昨日の続きみたいな感じですが
私の友達の彼女が
寺社仏閣の類に
非常に弱いらしいのです。

どういうことかと申しますと
そういう宗教施設に
足を踏み入れると
えも言われず
気分が悪くなるらしいのです。
元来
プレッシャーとかに弱い生き物らしいのですが。
彼氏である男は
「悪霊じゃねーのお前?」
などと言っているらしいです。

その話を聞いて
そんなことがあるのかと
事あるごとに
神社とか行ってみたわけなんですが。
そこで
体調が悪くなってしまうような
感触があるのかを
確かめにですね。


うーんなんていうかですね。
確かに
日常空間とは明らかに違う気配に
包まれた空間だなとは
確認できました。
もちろん
それぞれの場所によるんでしょうけど
単に視覚的に見ても
鳥居をくぐるとか
本殿が建ってる状態だけでも
今の社会の中では
ちょっと異種な存在ですよね。
そこにさらに
氏子の人たちの
いろんな活動の痕跡が
残されているわけですから
それは視覚的にも
感じられるわけですね。

ただ
なんかそれだけじゃない
何とも表現の出来ない
重々しい雰囲気とかも
あるわけでして。
厳かと言いましょうか。
それが
神仏の作用なのか
環境の作用なのか
そこまでは
確認できませんでした。

ところで
昨日憑いちゃった?ていうコラムを書いてみましたが。
なんかものすごく体が重くて
あまりにしんどいので
昨日彼に教えてもらった
清めの方法を
やってみました。
と言っても
普通に塩を体に振りかけるだけなんですけどね。

すると
もうホント巷で言われるように
すーっとですね
体が軽くなったんですよ!
まじかよ!
憑いてたのかよ!

うわー
なんか不思議体験しちゃった。

>9/21
けだし一大事

仲の良い人悪い人
渾然一体となってみんないっしょに勉学に励んだ
そういう時期から
少々の時間が経つわけですが。
今の生活は
基本一人
劇団ひとり
なので
誰とも会話をせずに一日を終えるなんて
しょっちゅうなわけです。
バイトに行ったりすれば
別ですが
それも心を潤すような
会話
と呼べるようなものでは無かったり。

そんな中
非常にありがたいことに
特に近頃
「〜に行こうよ」
「〜で呑もうぜ」
などとお誘いを受けることしきり。
しかも
どれも私の趣味嗜好をちゃんと把握してくれた
会合であることが
概ねです。
うれしいです。
基本的に誘いを断らない
ちょっとくらい無理しても行く
忙しい時は現実から逃避するべく余計無理して行く
そんなにんげんですから。
すぐに
ひょいひょい行ってしまいます。
そのためになら
率先してバイトに向かい
稼いできます。

んで
来月末に
私の大好きなバンド野狐禅の
弾き語り対決ツアーファイナルへのお誘いを受けまして。
そのライヴの内容だけで
もう十分に盛り上がり
「田中ただしの2004年10月30日は野狐禅に捧げる!」
などと大言壮語をぶちまけたわけです。
で自分で
そういうセリフを吐いた直後に
待てよと。

そうか
何かのイベントにお誘いするってことは
≒あなたの人生の時間を下さい
≒あなたの寿命の一部分を下さい
≒あなたの命を下さい
ってことを言ってるような
ことかもしれない!
と思ったのです。
これはけだし大変なことだと。
仁侠映画のクライマックスなどで言われる
「お前の命を俺にくれ!」
とはこういうことだったのですね。
なるほど!

ならば
お誘いを受ける時の自分は
意識をしていないけれど
自分の命を
相手に奉ろうとしているわけですか。
いや
これは一大事。

さらに考えると
相手も
その人生の貴重な時間を
私の命とともに共有することになるわけです。
「お前の命と俺の命!
今!この瞬間はひとつだ!!」

というわけです。
けだし一大事です。

そう考えると
ますますもって
友人の皆さんのお誘いには
喜んで
田中の命
≒田中のはぁと
を差し上げたく思い候。

すいません。
最近なんかすごく
感傷的。

>9/23
厄年で八方に向かっても塞がって

今年2/12付のコラムで
厄年と
八方塞の話をしました。
2004年の田中ただしは
厄年で八方塞なのです。

その年も半ばを過ぎて
いよいよ夏も過ぎ
秋っぽくなってきて
ああ
暮れてくなぁ
という季節の移り変わりを感じるような
季節になりました。

今年は
そういう厄についてのことを調べてからの
出発でしたので
実は
生活の端々で
嫌なことがあると
厄年だなぁと
全ての元凶を厄年のせいにしてます。
それはそれで
ある意味
慰めになっています。

んで
厄年で八方に向かっても塞がっていますよと
言われながらも
生きていかなければならないので
それなりに
あれこれやってみているわけですが。
半年あれこれやってみて
だいぶ分かってきました。

なるほど。
確かに八方は塞がっている。

信じられませんが
認めたくありませんが
どの方向に向かっても
塞がっていました。
向かった方向を数えれば八方どころではありません。
行く先行く先
塞がってます。
びっくりです。

しかし
考えようによっては
別に塞がってても
いいわけです。
しばらくは
塞がった中で
いやー八方塞だねぇと
暮らしててもいいわけです。
たぶん気が向けば
実はすんなり塞がってるのを取れたり
いつの間にか
塞がりが無くなってたり
するでしょうから。
今のうちは
いいやん八方塞でと。

とまぁ
非常に前向きに
学級委員長並の模範解答を
示してみましたが。

つか
そういうふうに思わないと
辛いんですよ!
うわーん!
なんだこれー!

>9/25
行間から著者の熱意が

大学の友達は
時々個展をやってくれます。
多少寂しくもあり
むかつくのは
私の特に仲の良かった友人たちは
軒並み
普通に就職してしまい
しょくぎょう→アーティスト
をどいつもこいつも
断念しやがったことです。

大学のころは
うちの学科は
大きく分けて
3つのコースに分かれていまして。
Aコース、Bコース、版画コースです。

版画はもう思いっきり接点が無かったので
ほとんど別学科くらいに
なってしまっていました。
AとBも
微妙に研究室の対応が違い
それは教授の派閥だかなんだか知りませんが
微妙な乖離現象が
発生しておりました。

大雑把に言うと
Aは油絵の具あたりをドロドロ使って
即物的なものを
執念的に描くコースですかね。
どっちかっつーと
昭和。
Bは油だけじゃなくて
いろんな画材や
立体だったり
映像だったり
パフォーマンスだったり
そういう近頃の現代美術系の
おっしゃれーでかつこよい人たちの
コースです。
だからどっちかっつーと
平成。
つーか21世紀。
Aは前世紀。

ちなみに私は
前世紀のほうにいました。

まぁその良し悪しを論じることは
非常に不毛なので
ここでは
厭味に留めておきます。

んでそのAコースの方の人たちは
軒並み就職してしまいました。
Bの人たちは
今でもちゃんと制作活動をやってる人が
多いです。
というか
積極的に
「制作してるよ!」と情報を発信してくれます。
たぶんAのほうは
性格的にもみんなよりインドアなので
インドア大陸あたりで
地味に制作しているだけなのかもしれません。

とりあえず
みんな時々
個展やってるよ!
というDMを送ってくれます。
仲間ですから
同じ時代を生きる若手作家ですから
多少の無理してでも
行きたいのです。
それでも行けない人が
何人もいて
なんかすごく申し訳ないです。
自分が
個展をやったら
みんなに見に来てもらいたいと思うからです。

ほぼ毎月
誰かしらの個展を
見逃してます。
すまん。
そのまま続けてくれれば
いつか見に行けると思います。

みんな続けて欲しいです。

まだまだ先は長いので
励ましあって
行こうと思います。
険しいですね。
いろいろと。

近頃
そんな険しさを克服するために
己の勇気を取り戻すために
林容子著「進化するアートマネージメント」を読んでいます。
かの宮島達男氏も
「感動した!行間から著者の熱意が立ち上がってくる!」と
おっしゃっておられます。
その本については
またいずれ。

>9/29
食いすぎて死んだと言われる程の

バイトで名古屋に出張してきました。
その仕事自体は
来月のビッグプロジェクト本番に向けたテスト企画だったのですが
諸々の問題が噴出し
難題を解決できないまま
日程の関係で
終了してしまいました。
うちの上司は
頭を抱えつつも
難題に立ち向かい
「毎回こういう仕事終わった後、もうやんないって思うんだけどさ。
マゾじゃないと続けらんないよな。
この仕事。」
とポロリおっしゃっておられました。
本番まで
私もいろいろお手伝いします。
また名古屋にテストに行きます。

さてその名古屋ですが。
名古屋に行ったのは
人生3度目くらい。
最初は伯父の個展を見に。
2度目は東京から福岡までちゃりんこで帰った途中に。
そして3度目が今回です。

旅や出張の楽しみと言えば
うまかもんを喰らうことですが
今回は
わりと期待してました。
んで
特色ありすぎる
名古屋の食文化を
薄っぺらく堪能して参ったわけです
今回も。

味噌とかきしめんとかが
普通の定食に付いてて
食文化の違いを
まざまざと見せつけられました。
味噌汁は私
赤味噌のほうが好きです昔から。
うまー。

んで
甘い甘い甘い甘いと
味噌カツとか食いながら
思ったんですが
揚げ物文化が
いろいろあるんですね
名古屋。
いや別に食文化研究者じゃないんで
店のショウケース見ながら
思っただけなんですが。
思えば
てんぷらが超好物で
食いすぎて死んだと言われる程の
某幕府開祖の人も
ここらへんの出身でしたね。
うーん
名古屋の揚げ物
おそるべし。

あ、でもその時は
もう某開祖の人は江戸っ子だったっけ。
まぁいいや。

とりあえず次回の名古屋は
食的には非常に楽しみですが
仕事的には
非常に憂鬱。
今のうちに
ゆっくり休んでおきたいと思います。

>9/30
昇天させてしまった程度の

今月はとてもしんどかったです。

しんどくなるので
あまり自分から
疲れてるとかしんどいとかは
言いたくないんですが
そうやって
自分が疲弊していることを
ちゃんと確認しないと
やっていけないほどのスケジュールだったので
自分の体調を指差し確認して
過ごした
この一ヶ月ほどでした。

来月は少しは
余裕をもって生活できるでしょうか。

さて
久しぶりのしっかりした休日をいただいて
十分に体を休めようと思った次第。
制作しに
仕事場に行こうかとも思ったんですが
もう
そういう仕事も
休みにしてやろうと。
心の慰めになるように
洗濯をしたり
部屋のフギュアを配置換えしたり
大学に行って
後輩に会ってみたり
そういうことをしてみました。

ところでこないだ
名古屋グランパスのホームタウンに行った時に
旅館でうちの上司が
「最近プレステ買ってね。『蚊』にはまってるんだ。」
とおっしゃる。
まじっすか!?
イメージ違いすぎますよー。
そこで
元ゲーマーの私が
上司と少々のゲーム談義をしたりしたわけです。
「なんかおもしろいのあったら教えてよ。」
と言われました。
娘のために買ったのに、父は家族そっちのけで
血を吸うゲームにのめり込んでいるようです。

それを聞いて
かつて
50時間ぶっ通しでプレステを稼動させて
昇天させてしまった程度の
ゲーマーである私の
ゲーム魂が再点火されたのでした。
だけど
前述の通り
ひととおりでない疲労を抱えており
かつて狂ったように
レバーを回していた
格ゲーなどはやる気もせず。
ましてRPGなど
まったくやる気起きません。

少々のソフトをやってみた結果
非常に良好な作用をもたらすことが出来たのが
PSソフト『ビブリボン』でした。
このゲーム
漆黒の空間に
白い描線だけで
キャラクターと障害物が描かれた
なんともシュールな画面構成でして。
んで自分の持ってるCDを入れて
その音楽に合わせて
障害物が迫ってきて
タイミングよく避けるという
ただそれだけのゲームです。

しかしながら
そのシンプルな画面は
どんな音楽を聞いても
そのイメージによって
様々な情景をこちらから思い描くことができるのです。
白い描線は
時に険しい人生の苦難を思わせ
時に憔悴みちのくひとり旅を思わせ
時にスキップスキップらんらんらんを思わせるのです。

まぁ細かいつっこみどころはいくつかあるにしても
好きな音楽を聴きながら
それに合わせて
ゲームをやるという
ただそれだけで
私には
非常な慰安となりました。

でもやっぱ
なんか物足りないっつーか
期待をすべて満たすことが出来ません。
吉田戦車が昔ファミ通に書いてた
『はまり道』というマンガで
ドクターマリオが
「やらずにすむゲームはないか?」
疲労感たっぷりにつぶやくネタがありまして。
それの境地。
以下ナースの姫とのやりとりも
非常に的を得てまして。

姫「・・・なんですかそれ」
マリオ「ゲームなんだけど買ってもやらなくていいソフトだ」
姫「ゲームをやりたくないんですかドクター」
マリオ「いや やりたいんだ でもなんだか最近やるのがおっくうなんだ
だから、ゲームを買ってきて、さてやろうと思っても、
やらなくていいから安心なゲームはないかなあ」

(アスキーコミックス『はまり道』より引用)

ないですか?

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